「EJ25エンジンで1000馬力!?」ゼロヨン8秒台を記録するWRX STIドラッグレーサーに迫る

イーストコーストで出会った1000馬力オーバーのドラッグレーサー

ジャジャ馬をならして目標の8秒台を達成!

日本人にはやや縁遠い存在のドラッグレースは、アメリカ人にとってはむしろ最もポピュラーなモータースポーツだ。

関東に住む日本の走り屋が「今度の週末、ちょっと筑波に走りに行こうかな」というのと同じノリで、「今度の週末、ちょっとATCOドラッグウェイに走りに行こうかな」というのが、ニュージャージーやペンシルベニア近郊に住むアマチュアレーサーの日常だったりする。

今回紹介するWRX STIは、ニュージャージー州にあるチューニングショップ「プライム・モータリング」の代表、ディミトリ・ザントスのプライベートカー兼ショップのデモカーだ。

元々は現在のビジネスパートナーで、クルマのイロハを教えてくれた兄貴分的な存在でもあるジュニオール・バリオスの所有するクルマだったそうだ。

ある時、そのジュニオールがWRX STIを手放すというのを聞き、憧れの存在だったクルマが他人の手に渡ってしまうことをセンチな気分で受け止めたディミトリは、自ら購入することを決意。それからショップを構えた彼自身の成長を写す鏡であるかのように、WRX STIはドラッグレーサーとして一歩ずつ進化を遂げていった。

あくまでデモカーなので、カスタマーがストリートでも使える範囲の基本的なチューニングに留めているというが、パフォーマンス・オリエンテッドな東海岸のチューニングカーらしく、その内容は日本人が想像する「基本的なチューニング」を激しく逸脱している。なにせパワーはダイノチェックで996hp(約1009ps)をマークしているのだから。しかもEJ25エンジンで、だ。

心臓部のEJ25は、IAGパフォーマンス製のクローズドデッキ・ショートブロックおよび強化シリンダーヘッドに換装され、プレシジョンターボの6870タービンで武装。燃料は98%エタノールのE98を使用している。

オーバー1000psのパワーマッピングはJr Tuned(ディミトリの親友であるジュニオールその人)が純正ECUにチューニングを施すことで実現した。

アメリカっぽいという意味で象徴的なのがタービンの配置。大型のタービンが「エンジンルームの主役」と言わんばかりにトップ側にガツンとマウント。インタークーラーは前置きに変更し、ビレットのインテークも見事なアイキャッチになっている。

次にエクステリア。フロントは純正バンパーの一部を丸くくり抜いて、前置きインタークーラー用の空気の通り道を確保。本来はフォグランプが収まるサイドインテークは、カーボンプレートで遮蔽することで空気抵抗を抑制している。

リヤはバンパー下部をカットし、ドラッグシュートも装備。パープルのボディカラーから、ディミトリは愛車を“Eggplant(なすび)”と呼んでいる。

ホイールはBelakインダストリーズのドラッグ用15インチを装着。リム幅は4インチから14インチまで1インチ刻みで設定されているが、7インチをセレクトしている。タイヤはM&Hのドラッグスリック。ドラッグレーサー自体が日本では見慣れない存在だが、WRX STIのノーマルフェンダーにドラスリを飲み込むスタイリングが妙にハマって見えるのは筆者だけではないはずだ。

室内は「いかにも」といった仕上がりだ。ドラッグレースに不要なものはすべて取り外され、代わりに16w Fabworksが手掛けた10点のカスタムロールケージが張り巡らされる。

スタート位置につく前に、タイヤに熱を入れるステージングという作業に使用するステージングブレーキ(油圧ハンドブレーキ)も装備している。

KIRKEYのレーシングシートには大柄なディミトリの身体が収まらないため、ドライバーはいつも別のスタッフや友人が担当している。

少し話は脱線してしまうが、ドラッグレースのタイムにはRT(リアクションタイム)とET(エラプスドタイム)の2種類があり、前者はドライバーがスタートに要した反応タイム、後者はクルマがスタートかレアゴールまでに要した走行タイムを意味する。競技においてドライバーの力量を問うRTと、クルマの速さを示すETを合算してタイムを競うのだが、いずれにせよビルダーが追求するのはETのほうだ。

今回の撮影は2016年春にディミトリのWRX STIがドラッグレーサーとしてシェイクダウンされた直後に行われた。その時のETは9.5秒、最高速は150mph(約241km/h)と、出だしは好調そのものだった。だが、それからというもの、スピードが高まるほど直進性が失われる慢性的な欠陥を克服できず、ウォールにヒットしては修復、そしてまた別の日にヒットと、なかなかきつい時期も味わったという。

それでもトライ&エラーを繰り返しながら、クルマが壁に向かって曲がりたがる原因がフロントデフとリヤサスペンションのセッティングにあることを導き出したディミトリ。フロントデフはあえて純正に戻し、リヤサスは異なるメーカーのダンパーとスプリングを組み合わせて使用することで、クルマが「落ち着きを取り戻した」という。

改良直後の走行では4速ギアを失ったにも関わらずタイムが9.2秒に伸びたことで、8秒台に突入できることを確信。そしてシーズンのラストランとなった11月の走行で見事に8.71秒の自己最速タイムと161mph(約259km/h)の最高速を達成!

ノンプロのドラッグレーサーにとって8秒台の実現はひとつの到達点。来シーズンは8秒台の中盤から前半へと、よりタイムを縮めることを目標にブラッシュアップしていくとのことだ。

Photo:Akio HIRANO  Text:Hideo KOBAYASHI

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