「F1の規定に合わせた幻の国産3.5L V12エンジン」HKSが開発した『300E』を知っているか?【ManiaxCars】

公開日 : 2020/10/08 07:30 最終更新日 : 2020/10/08 07:30


故・長谷川社長以下、従業員の夢を乗せ、富士スピードウェイで実走テストも実施!

 

実戦には投入されなかった幻のエンジン

 

日本を代表するチューニングメーカーのHKSは、市販車用チューニングパーツの開発、販売と並行してモータースポーツ用エンジンにも深く携わってきた。

 

 

よく知られるのは1992年、全日本ツーリングカー選手権グループAに参戦したBNR32のRB26DETT型だが、それ以前にアメリカのスタジアムトラックレース用に開発したミツビシG54B型ベースの2.3L直4DOHC4バルブ『134E』(1984年)や、5バルブエンジンの特性を確認するため、GC(グラチャン)レースに投入されたF2用2L直4DOHCのBMW M12型をベースとした『186E』(1986年)なども存在した。

 

 

そんなHKSは「世の中がNA化に進む」と早くから予測して1984年にNAの専門技術と開発への取り組みをスタート。その集大成として開発、実走テストまで行われたのが、当時のF1マシンへの搭載を想定した3.5LV12のオリジナルエンジン『300E』だったのだ。

 

同プロジェクトが動き出したのは1990年1月。当初はF1用エンジンとしてホンダやルノーがすでに実戦投入してたV10も検討したけど、究極を求めたHKSはV12を選んだ。開発に際しては「5バルブ採用による高回転&高出力化」「回転部以外には高価な材料を使用しない」「レース参戦はまず考えずに開発する(第一次開発)」などを謳い、「700ps/42.5kgm以上、1万3500rpm以上、単体重量150kg」が目標に掲げられた。

 

 

『300E』はプロジェクト開始から約1年半で完成し、1991年6月25日、ついにエンジンに火が入った。その後、ベンチテストを重ねて同年12月末に650psを達成し、翌1992年1月の東京オートサロンで発表。F3000マシンのローラT91/50改に搭載され、富士スピードウェイを舞台に報道陣を集めてのテスト走行が実施されたのは同年12月7日のことだった。

 

 

本来載るはずの3L・V8に代えて3.5L・V12エンジンの『300E』を搭載するにあたり、リヤセクションが200mmほど延長されたローラT91/50。装着タイヤは、F1用タイヤのレギュレーションにならってヨコハマが開発したワンオフ品だ。

 

 

この時、配布されたプレスリリースによると、テストランの目的は1:潤滑系、冷却系の問題点チェック、2:エンジンの実力チェック(レスポンス、トルク感、高回転の伸び)、3:エンジン制御システムの確認と実車での改良、4:エアダクトによるラム圧チェックという4点にあったようだ。

 

参考までにベストタイムは1分20秒9。F3000のコースレコードに対して約5秒落ちだったが、F1の規定に合致したエンジンを作り上げ、シェイクダウンまでこぎつけたことは、HKSの高い技術力と開発に携わった者たちの熱い思いの結晶に他ならない。

 

国産の、それもチューニングメーカーが手がけたF1用V12エンジンの登場に期待は大きく膨らんだ。すでにホンダやヤマハ、スバル(モトーリモデルニ)がF1コンストラクターにエンジンを供給し、いすゞも独自開発のV12をロータスに載せてテストを実施。1990年代前半のF1GPは、スポンサーとしてジャパンマネーが飛び交っただけでなく、日本のメーカーが持つ高い技術力を世界に示した時代でもあったのだ。

 

しかし、『300E』がその姿を見せたのはシェイクダウンの一度きり。HKS社内では引き続き、エンジンベンチでのテストや性能チェックが行われたようだが、再び公衆の面前でテスト走行が実施されることはなく、F1GPに実戦投入されることもなかった“幻のエンジン”として、クルマ好きの記憶に刻まれたのである。

 

■SPECIFICATIONS

エンジン形式:75度V型12気筒5バルブ
排気量:3491cc
乾燥重量:165kg
全長×全高×全幅:720×490×600mm
制御:HKSマネジメントシステム
スロットルバルブ:バタフライ方式
シリンダーブロック:高靱性アルミ鋳物
シリンダーヘッド:高靱性アルミ鋳物
シリンダースリーブ:アルミニカシルメッキ
カムキャリア:高靱性アルミ鋳物
クランクシャフト:特殊窒化鋼
カムシャフト:特殊窒化鋼
バルブ:チタン合金
ヘッドガスケット:SUS多層品
出力:650ps以上
トルク:42kgm以上
使用ガソリン:市販無鉛ガソリン
最高回転数:1万3500rpm

 

●TEXT&PHOTO:廣嶋健太郎(Kentaro HIROSHIMA)