【チューニング時代を築いた名車たち -1960年代-】モータリゼーションの発達と共に走り屋によるチューニングが幕を開ける【スカイラインS54B × ポルシェカレラ904GTS】

公開日 : 2018/11/19 08:11 最終更新日 : 2018/11/24 14:08

モータリゼーションの発達と共に走り屋によるチューニングが幕を開ける

 

 

SKYLINE GT【S54B】× PORSCHE CARRERA 904 GTS

 

1960年代、日本の自動車メーカーの技術水準はまだまだ低く、諸外国の一流自動車メーカーに追いつけ、追い越せを目標に各社が開発を進め技術を一気に高めていた時期。

 

大衆車が次々とリリースされ「マイカーブーム」という言葉が生まれるほど、爆発的に自家用車が普及していった。

 

そんな中で、日本のレースシーンの幕開けと言われている「第一回日本グランプリ」が開催されたのが1963年、この時期は本格的な国産スポーツカーはまだ少なく性能も高くなかった。そこで国産勢は大衆車や高級セダンをベースに改造した車両がレーシングカーとしサーキットで争っていた。一方で、海外のメーカーを見ると、本格スポーツカーやレーシンカーグが多数存在しそこには大きな技術や文化の差が存在していた。

 

 

市販の国産車を改造して走らせる…そんな流れは、一部レースに参加しないクルマ好きにも伝搬し、アンダーグラウンドな中で、レーシングチューンの亜流としての市販車改造も行われた。この改造こそが、日本のストリートチューンの始まりといって過言ではないだろう。

 

そんな1960年世代を象徴するマシンとして紹介するのは、スカイラインS54Bとポルシェカレラ904GTS。スカイラインS54Bは国内初と言える市販車エボリューションモデル、ポルシェ904はレースのために開発された当時のロードゴーイングレーシングカー。1964年に鈴鹿サーキットで開催された「第2回日本グランプリ」において日本の自動車メーカーが海外勢に挑み、最後までデッドヒートを繰り広げた逸話で有名な組み合わせだ。

 

 


※記事に誤りがありましたので訂正させていただきました。第2回日本グランプリの開催年を1965年と記載しましたが、正しくは1964年となります。ご迷惑をおかけした読者の皆様ならびに関係各位には深くお詫び申し上げます。(11月24日)